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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1476号 判決

控訴人

亡岡田富造訴訟承継人

岡田祥央

亡岡田富造訴訟承継人

岡田喜久枝

亡岡田富造訴訟承継人

岡田和雄

亡岡田富造訴訟承継人

岡田正雄

右四名訴訟代理人弁護士

茆原洋子

大口昭彦

山田捷雄

被控訴人

細谷正三

右訴訟代理人弁護士

八木忠則

名城潔

伊関正孝

被控訴人

佐藤喬

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人細谷正三は、控訴人らに対し、控訴人らが別紙物件目録(四)記載の土地を通路として使用することを妨害してはならない。

三  被控訴人細谷正三は、控訴人らに対し、別紙物件目録(九)記載のブロック塀を収去せよ。

四  被控訴人細谷正三は、控訴人らに対し、別紙物件目録(三)記載の土地について別紙登記目録(一)記載の地役権の設定登記手続をせよ。

五  被控訴人佐藤喬は、控訴人らに対し、別紙物件目録(七)記載の土地について別紙登記目録(三)記載の地役権の設定登記手続をせよ。

六  控訴人らのそのほかの請求を棄却する。

七  訴訟費用は、第一、二審を通じ一〇分し、その一を控訴人らの、その残りを被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  主文第一項と同旨

2  被控訴人細谷正三は、控訴人らに対し、控訴人らが別紙物件目録(四)及び(六)記載の土地を通路として使用することを妨害してはならない。

3  主文第三項と同旨

4  被控訴人細谷正三は、控訴人らに対し、金一〇五万二〇〇〇円を支払え。

5  被控訴人細谷正三は、控訴人らに対し、別紙物件目録(三)記載の土地について別紙登記目録(一)記載の、別紙物件目録(五)の土地について別紙登記目録(二)記載の各地役権設定登記手続をせよ。

6  主文第五項と同旨

7  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要

次のとおり訂正するほか、原判決事実摘示のとおりである。

原判決六枚目裏二争点1及び2を次のとおり改める。

「 1 岡田富造と石井芳雄との間で、昭和五七年一一月中に、本件(一)土地(一八五九番一二の土地)を要役地、池谷A土地(一八五九番一土地)及び本件(五)土地(一八五九番二〇の土地)上の本件通路部分を承役地とする地役権設定契約が結ばれたか。

2 右1の契約に基づく通行地役権は、設定登記なくして、昭和五七年一二月一六日に池谷A土地に抵当権の設定を受けた城東信用金庫、その抵当権による競売において右土地を買い受けた株式会社寿商事及び同会社より更に買い受けた被控訴人らに対抗できるか。」

第三  当裁判所の判断

一  通行地役権設定契約の成否及び契約の時期

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  控訴人らの先代岡田富造(以下富造という。)所有の一八五九番一二の土地は、原判決別紙図面二の南側道路に接しているが、その境界部分には、約二ないし三メートル(平成元年の水道工事の後は1.55メートルから2.45メートルとなった。)の高低差のある崖状の部分がある。そのため、一八五九番一二の土地から南側道路に直接出入りすることはできず(この崖の部分に出られるように鉄骨製等の傾斜路等を設けることは、南側道路の傾斜の具合いや隣地への影響等から難点がある。)、また、南側道路に出るため隣地の一部を徒歩で通行できるようになっているが、その幅員は狭く、自動車による出入りは困難であり、また、南側道路自体が狭隘であって、車の通行が困難であった(甲四の一六ないし一九、五の八ないし一〇、六の一ないし四、一一の一、二、二八の一一、一二、二二、五六の二、原審の検証の結果、当審岡田祥央供述)。

2  一八五九番一二の土地の北東側に隣接する土地である池谷庄一郎所有の池谷A土地(一八五九番一土地)の大部分は、昭和五七年ころまでは未開発の土地であり、その一部を通って、富造一家が買物等のため歩き慣れた細道が東側私道の方向へ続いていた(甲七、原審岡田祥央供述)。

3  池谷A土地の山崩れがあって、近隣からその防止工事を求められた池谷庄一郎は、昭和五七年一〇月請負業者の石井芳雄との間で、傾斜地の崩落防止のための擁壁造成工事の請負契約をしたが、その中で、擁壁造成工事の請負代金は、造成工事の結果池谷A土地に生じる平坦な土地及び一八五九番二〇の土地を石井に代物弁済することにより支払う旨合意した。この契約では、造成工事の竣工検査合格のときに右代物弁済による所有権移転を行うものとされているが、実際上は、右契約後からはその部分を石井が適宜処分できるものとして扱われた(甲六〇、六一、乙一四、原審池谷庄一郎、石井芳雄証言)。

4  そして、昭和五七年一〇月石井は、右の擁壁及び宅地造成工事に着手したが、池谷A土地のうちの一部(東端部分)について、予定した宅地造成ができなくなった。そのため、造成工事の結果生じる平坦な土地の面積が必ずしも事業の採算上十分な面積とはならず、そのことは工事の資金繰りにも影響するし、斜面を削って出る土砂を埋め立てに使える場所が近くにあれば、経費の節減ともなるため、石井は、池谷A土地の所有者である池谷庄一郎の承諾も得た上、隣地である一八五九番一二の土地の所有者である富造に対し、同土地の一部(同土地より後に分筆されることとなる一八五九番二五の土地)を廉価で買い受けたいと申し出た。富造は、当時高齢のため歩行困難であり、病院に自動車で通院する必要があったことから、自動車で通行することのできない南側道路の代わりに、原判決別紙図面二の東側私道へ車で出入りできる道を確保したいと考えていた。そこで、石井の工事によってできる造成地に東側私道への通路を作るのであれば、その通路を富造方まで延ばして東側私道へ出入りできるようにしてもらいたいと求めた。これに対して、石井は、平坦地とする造成範囲を少し拡げて富造所有の本件(一)土地につながるようにすれば、大体本件通路部分あたりを富造の求める通路として使用させることができると考えて、富造の求めに応じることとした。そこで、交渉の結果、富造は、右通路開設との交換条件で一八五九番一二の土地を一部売却することを承諾した(甲一〇、二〇の一ないし三、二一、二二、二四、六〇、六一、原審池谷庄一郎証言、原審及び当審岡田祥央供述)。

5  前述の土地売買及び通路設定の合意を受けて、石井は、昭和五七年一一月中に、従前の擁壁及び宅地造成工事の範囲を拡大して、富造の上記売却土地の部分及び通路となる部分を含めるとともに、造成する擁壁の位置及び通路部分の位置を変更した造成計画を立案し、昭和五七年一二月初めにその計画のもとに斜面の樹木伐採、掘削を開始した(甲六一、六六、八六の一、三、八八、九一、乙一三、一四、当審岡田祥央供述)。

6  昭和五八年三月末頃、宅地造成工事の主要部分ができあがったので、富造は、前記通路設定との交換条件とした土地の廉価売却の約束を実現するため、昭和五八年三月三一日富造所有の一八五九番一二より同番二五の土地を分筆した。この分筆に当たっては、富造のものとして残る本件(一)の土地が池谷A土地と接する部分の幅員が自動車の通行に十分な幅となり、他方で、造成される土地のうち宅地として有効利用できる面積が大きくなるように、富造と石井の協議により、別紙図面一の境界点レ点が定められた。そして、この分筆のための測量費用は、石井が負担した(甲一〇、二四、六六、九〇の一ないし四、原審岡田祥央供述)。

7  そして、その頃から富造及びその家族が、本件通路部分の利用を開始した(原審岡田祥央供述)。また、石井は、富造との約束に従い、昭和五八年一〇月ガス管を本件通路部分に埋設し、同年中に富造宅への上下水道工事が行われ、翌五九年一月完了届が提出された(甲四の二ないし四、五七の一ないし五、五九の一、二、六八の二、七〇の三、九二、原審岡田祥央供述)。

8  池谷庄一郎は、石井からの要請により、昭和五八年八月一九日、富造にあてて、本件(一)の土地のため、池谷B土地の上に自動車の通行、上下水道及びガス管等の設置のための使用を認める旨を記した念書(甲二)を作成したので、富造は、同日付で石井に一八五九番二五の土地を一平方メートル当り約四万七〇〇〇円で売却した(原審池谷庄一郎証言)。この価格は、固定資産税評価額に近い価格で、当時の地価に比較して廉価なものであった(甲三、六七、原審川崎純一証言、原審岡田祥央供述)。

右に認定したところによれば、右4の土地売買及び通路開設の合意が成立した昭和五七年一一月の時点では、池谷A土地の造成工事がまだ具体的に行われておらず、富造の通路となる範囲もおおよそ特定できる程度であったものの、この段階ですぐに右合意を前提とした擁壁及び宅地造成工事が進められたこと、また、現場の状況と造成工事の基本的な内容からみて右通路部分の位置が大きく動くことはあり得なかったと考えられることなどに照らすと、本件(四)及び(八)の本件通路部分について、控訴人の主張する通行地役権の設定契約が昭和五七年一一月の段階で締結されたものと認めるのが相当である。

右の認定に反する原審及び当審証人石井芳雄の証言は、採用することができず、当審において提出された乙一八ないし二〇号証も、右の認定を動かすに足りない。

なお、上記通行地役権の設定時期についての控訴人らの主張は変遷しているが、控訴人らは、本件訴訟の当初から右4に認定した事実を主張しているのであって、右の設定時期の主張は、右4の事実に基づく評価として述べられているものにすぎない。したがって、控訴人らが当審において右設定時期の主張を変更することが自白の撤回に当たるとはいえないし、当裁判所の前記の認定は、自白の拘束を受けないものである。

控訴人らは、本件(五)の土地のうち本件(六)の部分についても、通行地役権設定契約が締結された旨主張し、その可能性がないではないが、この契約を確認するものとして後に作成された甲二号証の念書には、本件(五)の土地の記載がなく、控訴人の主張事実を認定することはできない。

二  通行地役権の抵当権者に対する対抗力の有無

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  石井は、池谷A土地の造成工事を行うにつき、株式会社大興商会を通じて城東信用金庫に対して、工事費用の調達のための融資申し込みをし、城東信用金庫は、金四〇〇〇万円を融資した。そして、その担保として昭和五七年一二月一六日、池谷A土地について抵当権設定がなされ、同月一八日その設定登記が行なわれた(甲七、原審石井芳雄証言)。

2  上記の融資は、擁壁及び宅地造成工事の資金の調達のためのものであり、これによる宅地造成の内容は、抵当権者として関心のあるところであると考えられる。抵当権者である城東信用金庫が当時現地を見たかどうか現在の時点で確定することはできないが、抵当権者として、当時現場を見るなどの調査をすれば、富造の売却土地部分及び地役権設定の対象となる通路の部分を含めた造成工事が始まっていることを認識し得たものであり、石井と富造との前記合意についても、これを知りうる端緒があったものと考えられる。

3  また、富造が通路開設と引き換えに土地の低額売却に応じたことは、造成工事自体の採算や資金繰りの改善を通じて、池谷A土地の相当部分が山林から評価の高い宅地に造成され、担保価値が増加することに貢献したばかりでなく、当初の計画では山林として残す部分あるいは擁壁となる部分まで宅地に造成することを可能にし、当初の計画による池谷A土地単独での造成に比較して担保価値の増加があった。そして、当初の計画においても、造成地には東側私道への通路をつける必要があったのであり、この通路を富造方まで延ばすために造成部分を拡げて富造方の通行権を認めることにしても、造成地全体としては、宅地として販売できることによる利益の方が大きかった(石井もこのような評価を前提にして富造との前記合意をしたものと考えられる。)。そのため、上記の通行地役権の設定があっても、前記の抵当権の債権額を上回る担保価値があることとなった(甲一〇、一三の一、六六、八一、八五、八六の一ないし三、八七の一、乙一三、一四、原審岡田祥央供述)。

以上の事実を前提に判断すると、抵当権者である城東信用金庫が、抵当権の設定を受けるに当たり、石井と富造との前記合意についてこれを知らず、当初の計画による池谷A土地単独の造成を前提として融資したものであったとしても、造成工事の性質上その内容が流動的であることは当然予測の範囲内であったと認められる。そして、これに加えて、通行地役権の設定との交換条件として宅地造成事業の採算や資金繰りの改善及び宅地造成の面積の増加が実現し、その結果、対象土地の担保価値の増加という利益を得ることとなったのであるから、このような立場の抵当権者が、右通行地役権に登記がないことを自己の有利に援用して、通行地役権を否定することは、通行地役権の負担を交換条件として実現した担保価値の増加をその交換条件の負担なしに享受することとなるのであって、公平の原則に反し、許されないものと解される。

そうすると、富造の取得した通行地役権については、地役権の対象となる土地について抵当権を取得した城東信用金庫に対して、登記なくして対抗することができたものと解するのが相当である。

そして、後に行なわれた池谷B土地の競売において、城東信用金庫の抵当権に対抗できない権利は、民事執行法五九条二項の規定によると売却により消滅するのであるが、富造の通行地役権は、右のとおり抵当権に対抗できるのであるから、その競売手続において作成される物件明細書に買受人が右の地役権の負担を負う旨の記載がない場合でも、右の通行地役権は、売却によって消滅しないものである。

三  通行地役権の競売土地の買受人及びその転買人に対する対抗力の有無

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  抵当権者である城東信用金庫は、昭和五九年六月に前記の抵当権に基づいて、池谷B土地ほか一筆について、横浜地方裁判所に対して競売の申立てをした(甲七)。

2  右の競売手続において、横浜地方裁判所執行官の作成した昭和五九年九月六日付現況調査報告書添付の写真には、本件通路部分が道路として造成されている状況が撮影されており(甲一二の三、五七の三)、また、同裁判所の評価人が作成した昭和五九年九月一一日付評価書では、本件通路部分に実際より多い幅員四メートルの私道が開設されているとの記載と、富造宅まで続いている私道の位置を示す図面が添付され、さらに、宅地有効率を五〇パーセントとして評価する旨記載されていた(甲一三の一、二)。このようなことから、競売の買受希望者は、閲覧に供される現況調査報告書の写真及び評価書添付の図面を見れば、本件通路部分は、富造宅に至るまで、道路が開設されていることを認識することができたし、また同じく閲覧に供される評価書をみれば、評価人は、通路の開設を前提に宅地有効率を五〇%とするというかたちで五〇%もの減価をしていることを確認できた(宅地有効率が五〇%とされたのは、擁壁部分のみによるものではなく、私道があることにもよることは、前記の添付図面の記載により明らかであった。)。

3  そして、これら現況調査報告書や評価書の記載により、現地は擁壁及び宅地の造成地であること、したがって、その区画や形状などその利用方法ひいては土地の価値に影響を及ぼす事柄は、現地を見るのでなければ判断し難い状況にあることが容易に分かった。そして、入札期日は昭和六一年九月二六日と定められ、競売物件の買い受けを検討していた不動産業者である寿商事は、担当者や代表者が現地を視察したが(原審畑山弘供述)、その頃に現地をみれば、擁壁工事により造成された土地の一部に、本件通路部分が現実に存在しており、さらに、本件通路部分が富造の屋敷内まで続いている状況や、屋敷内に自動車の出入りのための門扉や砂利敷の駐車スペースが設けられているなどの状況から、本件通路部分について、自動車による通行を含めて富造の家族の通行があること、さらに本件通路部分に富造の屋敷に至るまで連続したマンホールが設けられており、本件通路部分に接する富造の屋敷内にはマンホールと水道の栓があるなどの状況から、本件通路部分の地下にも、富造のための水道・ガス等の管が埋設されている可能性を認識できた(甲四の四、五七の一ないし八、五九の一、二、六九の一、七九、原審岡田祥央供述)。

4  寿商事は、昭和六一年一一月右の競売手続で、池谷B土地を買い受けた(甲七)。

5  富造の子である控訴人岡田祥央は、寿商事と話し合いを続け、通行権設定契約の内容を説明した(甲八二の一、二、原審岡田祥央供述)。ところが、寿商事は、昭和六二年三月九日、一方的に本件(一)の土地と本件通路部分との間の境界に別紙物件目録(九)記載のブロック塀を築造し、富造の家族の通行を妨害した(甲四の一ないし一四)。

6  富造は、昭和六二年三月二五日寿商事を相手方として、通行妨害禁止・妨害物除去仮処分を申請し、同日一八九五番三五(競売手続により寿商事が買い受けた池谷B土地から分筆された土地)及び一八五九番二〇の土地について、寿商事から被控訴人細谷正三への移転登記がなされたことを後に知った富造は、同年四月一七日被控訴人細谷正三を相手方として、右同様の仮処分申請をした(甲一、八、九)。

7  被控訴人細谷正三は、買い受ける前の昭和六二年二月初め頃に、上記ブロック塀により閉鎖される以前の現場を確認したが、その際には、本件通路部分が富造の屋敷内に伸びており、富造の屋敷内には、自家用車の出入りのための開閉式の門扉や砂利敷の駐車スペースが設けられていることを確認することができた(甲二八の一、二、二〇、二一、乙五、原審川崎純一証言、原審中野昌弘証言。被控訴人細谷正三は、原審準備手続においてこの事実を認めている。)。また、被控訴人細谷正三が現地を見たとき、本件通路部分には、富造宅まで下水道用のマンホールが連続して設置されている状況を確認できた(甲四の一ないし一四、二八の一、六八の二、原審川崎純一証言。このマンホールについて、被控訴人細谷正三は、自分が買い受ける土地のために必要なものと考えたと供述するが、採用できない。)。こうしたことから、被控訴人細谷正三は、寿商事との売買契約に当たっては、富造の通行権のないことについて寿商事が責任を持つ旨の特約を得た。その趣旨は、富造の通行権が認められる場合、売買解除に応じるか、その被る損害を寿商事において補填する旨を含むものであった(乙五、原審川崎純一証言)。なお、右売買により、寿商事の築造した前記ブロック塀も被控訴人細谷正三の所有となった。

8  脱退前被告協栄ハウジング株式会社は、昭和六二年三月二七日不二洋行株式会社を通じて寿商事から、本件(七)土地を買い受け、さらに被控訴人佐藤喬は、昭和六三年一〇月三〇日協栄ハウジング株式会社から、本件(七)の土地を買い受けたが(甲七一の一ないし三)、いずれも、買い受けの際、現地をみて、本件(七)の土地の一部である本件(八)の土地が本件(四)の土地と一体として本件通路部分として造成されており、その本件通路部分が富造の屋敷内に通じ、自動車を含む通行の用に供せられていることやマンホールの設置されている状況を認識できた(甲四の一ないし一四、二八の一、二、二〇、二一。被控訴人佐藤喬は、原審準備手続において、右通路とこれに続く富造方の門扉の存在を現認したことを認めている。)。そして、被控訴人佐藤喬は、本件(八)の土地については、富造の通行地役権の有無をめぐって係争中であることを協栄ハウジング株式会社から知らされ、もしこの通行地役権が認められたときは、その部分の分筆実測費用を同会社が負担するとの特約付きで買い受けた(甲二六)。

以上のとおり、競売手続で池谷B土地を買い受けた寿商事、並びに右土地の分筆後の一八九五番三五の土地を寿商事から買い受けた被控訴人細谷正三、同じく分筆後の本件(七)の土地を買い受けた協栄ハウジング株式会社及び被控訴人佐藤喬は、買い受けに当たり、自己の買い受ける土地の一部に本件通路部分が造成され、その部分について富造一家の自動車による通行を含む通行並びに上下水道・ガス管の設置という継続的な利用の事実があることを具体的に認識し、または容易に認識できたのである。そして、寿商事は、そのような通行を前提として土地価格を低く評価した裁判所の評価がなされていることを認識したうえで買い受けており、寿商事から買い受けた被控訴人細谷正三は、富造の通行権が認められた場合には寿商事においてその損害の填補に当たる旨の約束のもとに買い受けたものであり、また、協栄ハウジング株式会社から買い受けた被控訴人佐藤喬は、富造の通行地役権が訴訟で主張されていることを承知した上で、これが認められたときは費用の一部を協栄ハウジングに負担してもらう約束で買い受けたのである。

このような事実関係の下においては、被控訴人らがそれぞれ買い受けた土地につき、富造の通行地役権の登記がないことを自己に有利に援用して、その通行地役権を否定するのは、公平の原則に反し許されないものと解するべきである。そうすると、富造及び昭和六二年一二月三〇日の富造の死亡によりその権利を承継した控訴人らは(甲五四参照)、登記なくして、その通行地役権を被控訴人らに対抗することができる。

四  不法行為に基づく損害賠償請求

証拠によれば、控訴人ら富造家族は、高齢の富造の介護通院のため、本件通路部分を自動車で通行していたが、ブロック塀により閉鎖されて、これができなくなり、大きな不便を受けたこと(甲七四、原審岡田祥央供述)、控訴人岡田祥央は、昭和六二年四月から同年一一月まで、訴外武井諒に賃料を支払って駐車場を賃借したこと(甲五二)、控訴人岡田祥央は、平成元年一〇月二六日、ブロック塀除去のため、費用を支払ったこと(甲五三)が認められる。しかしながら、ブロック塀による閉鎖は、寿商事がしたものであり、被控訴人細谷正三が加害の意思をもってこれに関与したと認めるに足りる証拠はないので、被控訴人細谷正三について不法行為に基づく損害賠償義務を認めることはできない。

五  結論

以上のとおりであるから、控訴人らの請求のうち、別紙物件目録(四)記載の土地の通行妨害禁止、別紙物件目録(九)記載のブロック塀の収去、別紙物件目録(三)記載の土地についての別紙登記目録(一)記載の地役権設定登記及び別紙物件目録(七)記載の土地についての別紙登記目録(三)記載の地役権設定登記の請求を認容し(なお、右地役権設定登記請求について、控訴人らの提出した控訴状では「昭和五八年八月一九日設定」とされていたが、その後控訴人らにおいて「昭和五七年一一月中」に設定された旨主張を改めたことに伴い、請求の趣旨も右のとおり変更されたものと解される。)、そのほかの請求を棄却するべきであるので、控訴人らの請求をすべて棄却した原判決は相当でなく、これを変更するべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官淺生重機 裁判官杉山正士)

別紙〈省略〉

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